うさぎ年夫婦の妊活事情~不妊治療ラストイヤーにかけた想い編~

不妊のあれこれ

不妊ピア・カウンセラーのasamiです🐰
私たち夫婦はうさぎ年生まれの同級生です。
30歳で不妊治療を始めて、35歳で不妊治療に区切りを付けた私たち。
「この一年で授からなかったら不妊治療はやめよう」と決めて臨んだラストイヤーは、5年間で一番不妊治療に向き合い、一番変化を受け入れた年になりました。

まちがいなく私の人生のターニングポイントです🐰

今回はうさぎ年夫婦が不妊治療ラストイヤーにかけた想いと、子どもを授からずに不妊治療に区切りをつけた私たち夫婦のいまをお届けします🐇🐇

うさぎ年生まれの特徴

うさぎ年生まれの特徴は

  • 温和
  • 愛嬌がある
  • 柔軟性がある
  • 頭がよく器用
  • 繊細で芸術的なセンスに優れ多趣味
  • 人から嫌われることを恐れてNOと言えない
  • 飽きっぽい、広く浅く

芸術的センス以外の特徴をすべて当てはめたのが私なのかもしれないと思うほど当たっています👀
この特徴を持った二人が夫婦として生活している我が家がどんな感じかはご想像におまかせします😎

蘇るうさぎ年生まれへの愛

自分の干支に特別な思いを持っている人は多いと思いますが、うさぎ年生まれの人はとくに「うさぎ年」への愛が強いのではないかと感じています😁

大学生のころ、同級生の友達と「子どももうさぎ年がいいけど24歳で出産はないよね。かといって36歳もないか笑!」という会話をしていたことを思い出しました。
あの頃はなんの疑いもなく望めば妊娠できると思っていたし、30歳くらいで出産することを信じて疑っていませんでした😂

現実は36歳になっても子どもはいません。
だけど、あのとき友達と話していた「うさぎ年の子ども」がふと思い出されてから36歳での出産を意識するようになりました。
私の人生計画にはなかった36歳での出産がここにきてまさかの急浮上を見せ、私たち夫婦の止まっていた時計の針を動かすことになるのです。

不妊治療ラストイヤーにかけた想い

私たち夫婦は30歳から5年間不妊治療をしていました。
ぶっ通しで治療を続けられるほど経済的余裕も精神的余裕もなかったのでちょこちょこ休みながら治療をしていたけど、一度治療から離れると戻るのが億劫になって1年以上不妊治療から離れていました。
だけど、治療を休んでいるからと言って不妊から解放されるわけでもなく、先延ばしにして時間を無駄にしているような不安もありました。
3回目の移植が陰性だったころから不妊治療からの卒業も見据えていて
「残り2つの胚盤胞を全力でお迎えしたら治療に区切りをつけよう!」
と夫婦で話し合ってようやく治療を再開させることにしたのです。

ではいつ全力を出すのか。

…うさぎ年の子ども

止まっていた私たちの時計の針を動かしたのはなんと「うさぎ年の子ども」
夫もうさぎ年ということもあって夫婦総意で「この一年は不妊治療に向き合おう!」と固く決意し、自己流タイミング法体外受精を取り入れた全力妊活35歳がスタートしました🏃‍♀️🏃‍♂️

チャンスは12回。
採卵はもうしないと決めていたので移植は2回、残りの10回は自己流タイミング法で1年間がんばろうと方向性を決め、うなぎを取り入れたりお灸やヨガをしたり。
こんなに頑張れるって、やっぱり子どもほしいんだな、と感じたり。

寂しい気持ちと
ほっとする気持ちと
あきらめきれない気持ち。

いろんな気持ちと向き合って12回のラストスパートを駆け抜けたのでした。

不妊治療を終えたうさぎ年夫婦のいま

不妊治療ラストイヤーを駆け抜けた今、我が家は夫婦と豆柴で暮らしています。

不妊治療ラストイヤーを掲げて頑張った1年で気付いたことは、妊活を始めた当初よりもちゃんと夫婦になれているということ。
「子どもを授かる」という結果を得ることはできなかったけど、この1年、トータル5年の日々は無駄ではなかったんだと思えているからです。

  • 同じ目標にむかって取り組めたこと
  • 思い描いている将来や家族像を共有できたこと
  • イレギュラーな現実を受け入れて前に進むこと
  • 夫婦は家族であること

私が不妊から得た結果はちゃんとありました✨

不妊治療をやめて夫婦ともに退職して起業した35歳のうさぎ年夫婦。

人生のターニングポイントを迎えた私たちはこれからも変わらず家族です。

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